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シーサーの歴史

シーサーの歴史

沖縄におけるシーサーの歴史


沖縄におけるシーサーの歴史はライオンもしくは犬とし、起源は遠くエジプトのスフィンク スまでさかのぼるとされ、西方より古代オリエント、インド、中国と東西貿易の要路シルクロードを経 て沖縄に伝わったとされています。
また15世紀頃の琉球王朝時代の沖縄は、中国と冊封関係にあり盛んに船が往来し、その交流を通して 獅子像彫刻の様式や技術などを、中国から直接導入されたと考えられます。
当時の獅子像は王宮などの権威の象徴として据えられた意味あいも強く、琉球王朝の首都「首里」にあ る首里城にも多くの石製獅子像が建築装飾として作られています。

しかし当時の獅子像は、王族や貴族の墓や宮殿の建築装飾、または寺などで用いられ、庶民 に浸透し始めるのは各戸の屋根に瓦葺きが許された18世紀(明治)以降になってからです。

瓦葺きが許された18世紀(明治)以降、カラヤー(瓦)職人が瓦製造と瓦葺きを作っていたが急激な 需要に追い付かず、壺屋で陶器を作っていたヤチムン(焼き物)職人も瓦を作ることになり、もともと 瓦職人が瓦を打ち砕いて造っていたシーサー作りの場が発展していく壺屋へ徐々に移動していくことで 、シーサーや陶器の工房が多く並ぶ現在の「やちむん通り」に繋がったのである。
そしてこの瓦職人と陶器職人との技術交流により、現在のシーサーの原型「漆喰シーサー」を作る技術 が誕生しました。



現在の沖縄と

シーサー


昭和初期頃まで庶民に多く広まっていたシーサーだが、戦争により爆撃で多くを焼失。
また戦後、コンクリート建築が増えたことにより赤瓦屋根に乗せる漆喰シーサーが一時衰退をたどった が、首里城の復元を機にコンクリート建築に瓦を葺く様式が現れ、それに合わせ漆喰シーサーも利用さ れるようになり、沖縄復興後の観光の盛り上がりなどにより文化的価値が再認識されるようになり、需 要が増えるようになりました。

現在では、沖縄のイメージキャラクターとして広く認識されるようになり、地元では赤瓦様 式のコンクリート造の新築にシーサーを用いられ、観光面では観光土産品として定着するに至りました 。



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